『医療現場における滅菌保証のガイドライン2021』発行のお知らせ
本学会が策定・発行しています「医療現場における滅菌保証のガイドライン」の6年ぶりの改訂版となります「医療現場における滅菌保証のガイドライン2021」を発行しましたのでお知らせいたします。
本ガイドラインの理解のために
1.ガイドラインの目的と適用範囲
本ガイドラインの目的は、医療施設でおこなわれる医療機器の再生業務(滅菌供給)の品質を維持し、患者の安全を確保することです。品質を維持するとは、具体的には「再生処理された医療機器の無菌性を保証すること」、つまり、再生処理された医療機器における微生物の存在確率が10-6以下であることを保証することです。本ガイドラインには、そのために滅菌供給部門で考慮すべきことを網羅して記述しています。
本ガイドラインの適用範囲は、「医療現場における」という名称からもわかるように、「医療施設の滅菌供給部門でおこなわれる医療機器の再生業務」または「医療施設から業務委託を受けておこなわれる医療機器の再生業務」です。対象となる職種としては、主として「滅菌供給部門で作業工程を管理する職種」を意図しています。「滅菌保証」を実現するために滅菌供給部門での作業工程を構築し、その遂行を日々管理する職種を読者と想定しておりますので、第2種滅菌技士資格を未取得の方、または取得して間もない方には少々ハードルが高い内容となっているかと思います。まずは、第2種滅菌技士資格取得講習会のテキストである「医療現場の滅菌」(へるす出版)を併用しながら読み進められることをお勧めします。一方、第1種滅菌技師資格を有する方、または資格取得を目指している方には、ぜひとも本ガイドラインの内容をしっかりと把握していただき、自施設での業務改善に利用していただきたく存じます。
2.臨床診断/治療ガイドラインとの違い
臨床医学の診断や治療においては、たとえガイドラインを完全に順守したとしても、必ずしも正しい診断や良好な治療結果が得られない場合があります。これは「医療の不確実性」であり、診断や治療の手順がまったく同じであっても、そこから得られる結果にはばらつきが生じます。一方、滅菌保証のガイドラインは無菌性(SAL≦10-6)を確実に保証するに至る一連の工程管理を記述したものですので、原則としてすべてを順守することにより無菌性が保証されます。後述しますが、これは製造業における品質マジメントシステム*1(QMS:quality management system)的考え方の上に成り立ちます。
また、臨床診断/治療用のガイドラインの個々の項目は各種の基礎的または臨床的研究結果から得られた有効性を基に、その順守勧告レベルが決定されています。診断/治療効果への貢献度が低い項目の勧告レベルは低く、効果の高い項目の勧告レベルは高く設定されます。一方、滅菌保証のガイドラインに記述されている個々の項目の無菌性到達への有効性を比較検討するということはおこなわれません。では従来のガイドラインでは勧告レベルはどのようにして決められていたのでしょうか。
*1:品質マネジメントシステム(QMS):手順やルールを定めて、製品やサービスを恒常的に供給する仕組み
3.製造業/製造販売業(メーカ)と滅菌供給部門の目指すところ
製造業および製造販売業(以後メーカ)において滅菌済み医療機器の無菌性(SAL≦10-6)はQMSによって厳密に手順やルールが定められ、その工程を順守することによって保証されています。医療を受ける患者はもちろん、医療スタッフもその品質を疑うことはありません。では、院内で再生される医療機器の滅菌の品質についてはどうでしょうか。医療を受ける患者は、メーカが供給する滅菌済み医療機器の無菌性と、医療施設内の滅菌供給部門で処理された医療機器の滅菌の品質は同じであると信じて疑っていないはずです。もちろん、医療スタッフも同じように両者の品質に差がないと信じているはずです。であれば、医療施設の滅菌供給部門においても、滅菌保証の手順やルールはメーカのそれと基本的には同じでなければなりません。目指すところが同じであるならば、その手順やルールは同じであるはずです。しかし、医療施設における滅菌保証とメーカでおこなわれる滅菌保証とではある一点で根本的な大きな違いがあります。
メーカにおいては、各バッチで滅菌される医療機器はその種類、数量、積載方法まで定められてバリデーション*2がおこなわれます。それに対して医療施設における滅菌では、毎回積載される品種や数量が必ず異なります。積載方法についてはある程度のルールがあるものの、バッチごとの積載方法が統一されることはありません。そのため、医療施設の滅菌供給部門でのバリデーションは、その施設でおこなわれる最悪状態をシミュレーションしておこなう必要があります。そこで、今回のガイドライン改訂においては、製品ファミリーとマスター製品という考え方を導入しました。滅菌の困難性から医療機器をいくつかのファミリーに分類し、その中で自施設において最も滅菌困難なものをマスター製品と定義付けます。医療施設におけるバリデーションの稼働性能適格性確認(PQ: performance qualification)としては、マスター製品を滅菌チャンバー内の最も条件が悪いところ(コールドスポット)に配置し、最も条件の悪い積載物を模した状態で余裕をもって滅菌できることを証明することとしました。
*2:バリデーション:ある手順によって、期待された結果が与えられることを検証する作業のこと
4.順守勧告レベルの廃止について
今回のガイドライン改訂では従来からの順守勧告レベル(A/B/C)を廃止しています。先にも述べましたように、医療を受ける患者や医療スタッフはメーカが製造した滅菌医療機器と院内で処理された医療機器の無菌性は同等であると信じています。であれば、医療現場でも原則としては企業と同等のQMSに基づいた滅菌保証の手順がおこなわれるべきであり、ガイドラインに記載されている項目に品質保証の観点からは優劣はつけられません。それぞれの施設において可能な限り多くの手順が順守されることがより高度な滅菌保証を意味するからです。
従来のガイドラインでの勧告レベルは、順守しなくても無菌性への影響度が低いから勧告レベルを低くしている、または、順守すると無菌性がより高くなるから勧告レベルを高くしているというような科学的根拠からではなく、現在の医療施設のおかれている社会的、経済的背景から「実行可能性」に依存して勧告レベル付けをおこなってきたわけです。つまり、規模の大きな病院であれば人的にも経済的にも恵まれているので多くの項目を順守できる反面、小規模施設では要求しても実行は難しいだろうからガイドラインとしては勧告レベルを下げざるを得ないという議論がおこなわれていたわけです。これでは、施設のおかれている環境によって滅菌保証の程度が影響されるということとなり、無菌性は共通であるという本来の考え方とはそぐわなくなります。
上記のような議論の結果、今回のガイドラインでは従来からの勧告レベル(A/B/C)を廃止し、その順守確認については、日本医療機器学会の滅菌管理業務検討委員会が現在作成中の業務評価用チェックリストに委ねることとしました。チェックリストを用いてガイドライン順守の実態を総合的に自己評価、または第三者による評価をおこなっていただくことができます。高得点を取得できた滅菌供給部門は優秀であり、残念な得点であれば自施設の業務改善が必要であることが定量的に数値で評価できるようになります。このチェックリストでは評価項目によって加点されるように設計されるため、重点的に強調したい順守項目が達成されている場合は高評価となり、間接的に勧告として特定の項目の順守を促すこともできます。この仕組みを用いることにより、勧告レベルが経年的に固定化することを防ぎ、かつ、施設の規模や社会的背景の影響を排除して客観的な業務評価がおこなえるようになります。また、今回、ガイドライン作成とチェックリスト作成の母体を別組織にすることにより、双方向に内容を監視するシステムが構築されます。
5.本学会が皆さんに期待するところ
一般社団法人日本医療機器学会の今後の活動として、滅菌供給部門の業務の見える化(評価)を目標としています。今回のガイドライン改訂とともに、滅菌管理業務検討委員会で進行中の「業務評価用チェックリスト」が策定されることにより、自施設の業務の自己評価、および外部評価がおこなえるようになります。ゆくゆくは、学会による優良施設認定事業の実現を目指して行きたいと考えております。2000年に「医療現場における滅菌保証のガイドライン」が上梓されて以来数々の改訂を重ね、本ガイドラインは「Japanese Standard for Sterility Assurance in Healthcare Setting」と呼ぶべきものに進化しました。従来のガイドラインの役割は「業務評価用チェックリスト」とともに担うこととなります。
滅菌技士/師認定事業が始まって以来、長年にわたり滅菌供給部門および滅菌技士/師の地位向上が課題でありました。「組織や職種は外部から評価されることによってこそ、その地位が向上する」、逆に「自己評価や外部評価のない組織や職種に地位向上は望めない。」という考えのもと、今回改訂をおこなった『医療現場における滅菌保証のガイドライン2021』と、近々発表される「業務評価用チェックリスト」が皆さんの職場での業務品質の改善に役立ち、ひいては皆さんとその職場の地位向上につながるものと信じています。ぜひ、この新しいガイドラインの求めるところをご理解いただき、滅菌供給業務に従事される皆さんの知識、技術、モチベーション、さらには業務環境の向上に役立てていただくことを心より願っております。
高階 雅紀
一般社団法人日本医療機器学会理事長
滅菌技士認定委員会 委員長
大阪大学医学部附属病院 病院教授
手術部/臨床工学部/材料部/サプライセンター
ガイドライン本文は無料でダウンロードできます。表紙の画像をクリックください。
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